三上寛
7月14日(土)に高円寺DOM studioで行われる第一回てろてろ自主企画 「ウタ、ライブ」の出演者を、てろてろの各メンバーが紹介していきます。第十六回は三上寛です。
「本当に初めてこのシーンに足を踏み入れたものに、初代の王位を与えられるなら!三上寛に、三上寛に、三上寛に与えてくれ!」
と叫んだのは、80年代のハードパンク・バンドばちかぶり。
もはや説明不要にも思えるアングラフォークの帝王・三上寛さんの踏み入れたシーンとはどこなのか?与えるべき王位とはなんなのか?
「詩人というのは結局は、自分の一語に出会うということではないだろうか」
「生涯かけて一語にこだわり続ける事、それが詩人の役割というものではないだろうか。一語にこだわり、一語に死ぬことで、個々の言葉に魂が宿るのだろう。『オマンコ!』にこだわり、それが生涯の一語になるのなら、それはその人の、究極の一語になって言葉に返ることができるだろう」
(「三上寛 怨歌に生きる」)
なんと美しく、なんとパンクな言葉でしょう。
パンクというジャンルは、つまるところ幼稚で甘ったれでわがままで、直截的で激しい欲望が詰まったガラクタ。欲望は偏執的に加速し、カラダを追い抜き心を追い抜き、何者でもなくなって溶けて、そして死ぬ。
三上寛さんの書く詩、歌、ウタ。生活であり生殖であり聖域であるそれらの作品は、フォークシンガーかつ怨歌歌手でありながら、日本に初めて出現したパンクスのそれだったのではないでしょうか?
「サルトル、マルクス並べても 明日の天気は分からねえ ヤクザ映画の看板に 夢は夜ひらく」
(「夢は夜ひらく」)
バンドも生活もどうにもならず、何をどうすれば良いのかわけのわからなくなっていた頃、無力無善寺というライブバーで定期的に開かれている三上寛さん出演の企画に、私は「てろてろ」名義でソロの弾き語りをしました。
私はギターなんて全然弾けやしないし、それさえあればどうにかなるかもしれない愛着すらありませんでした。演奏はボロボロでオリジナルの曲も稚拙極まりなく、指を弦で切り、ギターは汚れていきました。
三上さんのステージは、声、曲、佇まい、すべてが圧倒的でした。私は、あそこで一度、殺されました。
そこから色々な縁があって、「てろてろ」が動き始め、今の形態にまで落ち着くのに2年がかかりました。私は、ずうっと、三上寛さんを呼べるようなバンドになりたいと思っていて、ライブを、ウタを続けて、その願いが明日、叶います。「このシーン」の王者を、皆さんぜひ生で見に来てください。
排他的中産階級コラージュパンクス。
インターネットや昔の雑誌を読んで、アングラパンクの勉強をして、女や家族に食わしてもらうのはもう辞めて、家から飛び出して、自立した本当のパンクスになろう。
(評者 Vo,Sax:及川耕碩)
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