2019年10月25日金曜日

10.26 扁桃核の夜 出演者紹介「てろてろ」


てろてろは、2018年から開催している自主企画「ウタ、ライブ」を中心にした精力的なバンド活動を展開し始めている。

そのルーツはフリージャズ、プログレッシブ・ロック
、オルタナティブロック、そしてパンクロック(特に80年代パンク・ニューウェーブ)。世間からすればマイナージャンルには間違いないが、こうした異形音楽を掘った人であれば、字面だけなら決して珍しい融合ジャンルではないだろう。

しかし、私自身の独善的偏見まみれの話になるが、
本バンド程、これらの音楽要素の「正しいまとめ方」を認知し、実践せんとしているバンドを知らない。

この「正しさ」とは、「"着地点としてパンク"の徹底した嗜好」の一言に集約される。
つまり、サウンドが如何なるものでも、
表現上の最終的な着地点を「世に是正せねばならぬ間違いがある」という精神的訴えを、あくまで言語(詩)によって伝えることに重きを置いているという点である。



一聴頂ければわかると思うが、そのサウンドは
変拍子、フリージャズ、マスロック等の要素をふんだんに盛り込みつつも
必ず「言葉」を引き立たせるための一定の
「サビ」ないし、「引き」の部分を欠かさない。
語り言葉は、その異形のサウンドをバックに付けることで、精神的感情的な明瞭な色彩を獲得している。
単純な朗読とは全く異なる趣を持つことはきっと誰の耳にも明らかなことだろう。

主義思想を説くならば、読書や演説会が良いし、純然たる楽曲の良さはインストによって味わうことができる。
だが、人が奮い立とうとする時、誰かを奮い立たせようとした時、
本当にこれらだけが全ての人に対しての十分な答えか。

「パンク」などと名乗ってしまったら、サウンドの多くは爆音化し、
言葉は周りの楽器音に埋もれ、時には単語のかけらがやっと聞き取れる程度のことも多い。
これは、上述の工夫を凝らしたてろてろのライブとて、完全なる例外ではない。

しかし、私はこれを、
「主義主張が多い癖に肝心のライブで爆音で歌詞が全部聴こえないパンクの矛盾」だとは
思っていない。
サウンドと混然一体となった言葉、その言葉の奥の精神性をかけらでも感じた時の高揚、臨場感は
「ああ、そうか、、、」という理屈を超えた生へのエネルギーを与えてくれる。
その作用は、例え聞こえなかったとしても、それでも伝えようとする
泥臭く懸命なもがきからのみ生まれると私は信じている。

てろてろは言葉を、大切にしている。パンク的着地に向け、このもがき誰よりも行っているのである。トリを飾る彼らの、この営みこそを観て欲しい

10/26、彼らが如何なるライブを見せてくれるか楽しみでならない。



(関口マーフィー・うしろ前さかさ族)

2019年10月23日水曜日

扁桃核の夜タイムテーブル


17:0017:25  地底湖(25分)
17:3518:05  ghostleg(30分)
18:1518:45  木幡東介(30分)
18:5519:25  第二口腔外科(30分)
19:3520:00 うしろ前さかさ族(25分)
20:1020:55  痛郎(45分)
21:0521:30  てろてろ(25分)

10.26 扁桃核の夜 出演者紹介「うしろ前さかさ族」


幾度かのメンバーチェンジを経て、現編成。その複雑かつ奇妙な音楽性は、プログレッシブハードコアとも、パワープログレとも呼ばれる。

難解なリフをいくつもいくつも、まるで己の業そのもののように積み重ねてゆく楽曲。Vo関口マーフィーの優れた身体能力によって演じられる一見コミカルだが攻撃性の強いパフォーマンス。インパクトのある単語を速射砲のように放ち続け、聞き手の襟を掴んで離そうとしないような歌詞。それらを下支えする研ぎ澄まされたバンドサウンド。
驚異のライブ本数によって洗練され完成されたステージングは、今まさにバンドとして円熟の境地に達していると言って良いものであるにも関わらず、どこか荒削りにハードコアに見えるのは、この過剰さ。そして、ハードコアパンクという音楽が持つ悲しさ苦しさをこのバンドが体現しているからかもしれません。

「どこにもいけない なににもなれない ここから出られない おまえのよう 底止して」(底止)


閉塞感に満ち家族に生活に毎日に絶望しながら、笑うことしか許されない世界。
その苦しい笑顔と同じように引きつった複雑なリズムは、言葉は、ふっと駅のホームから飛び込むことで行けるかもしれない「りんご園」へと心惹かれてしまう疲れた者たちの魂をすすぎ、苦しさも辛さも怒りもそれらを生み出す事を決してやめようとしない不条理なこの世界そのものすらも肯定してしまう。それはとても悲しい肯定、明るい悲しさで、ハードコアという音楽が激しくかつ悲しい音楽だとするならば、3コードでもなければ革ジャンも着ていないにも関わらず、間違いなく彼らが「パンク」の「ハードコア」のバンドであると、誰もが感じることができると思います。


(及川耕碩・てろてろ)

2019年10月18日金曜日

10.26 扁桃核の夜 出演者紹介「Ghostleg [Nii Mariko (HOMMヨ) and waniwave]」


Ghostlegは,ワニウエイブとニイマリコ(HOMMヨ、duMo)によるユニット。
今回「扁桃核の夜」がキャリア初ライブとなります。

「幽霊になるとき」


音源を聞いた瞬間「すごすぎる,生で観たい」となって,その時点でライヴ予定は入っていなかったようなんですが,お願いして初めてのライヴをやってもらうことになりました。
現時点で今後の公演予定もありません。これは来るしかない!!

ワニウエイブ氏の来歴についてはこちらにご本人がまとめておられますが,

これまでは,ゲーム文化,インターネットミームなどインドア系な領域の歌詞,ビジュアル表現に,超絶に美しくポップなコード進行とメロディがついているという作風だったと思います。

それが今回のGhostlegでは,曲の美しさはもちろん,PVやビジュアルイメージにおいてゲーム的表現も維持,発展させつつ,詩に関して,もともと一貫して表現されていた焦燥感やエモーションが,時代時代のジャーゴンの引用はせず(そういうのも大好きですが),どの時代でも通じる言葉で語られており,
それをニイマリコさんの透徹したボーカルで伝えることで,強い普遍性を獲得していると思います。

「ゲーム的表現」に関していうと,人気がありよくモチーフとして用いられているいわゆるファミコン・ドット絵のような時代ではなく,初代プレイステーションあたりの,絶妙なところ。
ドットのようないわゆる抽象表現でもなく,今の「できるだけリアルに,実写と見まごうばかりに」,を目指しているのとも違う,今振り返ると実にオルタナティブな存在だなあと。

ちなみに,ワニウエイブ氏には実は5年前にも私の企画に出てもらっていたりします。
しかしこれ今見返すと超豪華メンツだな…… 詳しくは言えませんが,今回企画との繋がりも結構ありますね。

今回も大変楽しみにしています!

(百萬石マツリ・てろてろ)

2019年10月14日月曜日

10.26 扁桃核の夜 出演者紹介「木幡東介(マリア観音)」


1980年代末期、昭和から平成への御代替わり直前に結成されたハードコアプログレッシブ歌謡ロックバンド・マリア観音。激しいステージアクション、三上寛や早川義夫を彷彿させる情感溢れる詩世界、それらと異化効果を生じさせる美しくプログレッシブに構築された楽曲、を武器に精力的な活動をしていたが、2000年頃に活動休止。同時期、ヴォーカル・木幡東介さんはドラムソロパフォーマンスのキャリアをスタートさせる。
そのパフォーマンスの一端は、再結成を果たした現在のマリア観音でも垣間見ることができます。

マリア観音 @四谷アウトブレイク 2019.07.17より、木幡東介ドラム・ソロ(52:22から)

https://www.youtube.com/watch?v=45KovOeVjvY&feature=youtu.be&t=52m22s


似ているな、と思ったのは若い頃に聴いた富樫雅彦のドラミング。即興演奏、ある時代にフリージャズと呼ばれていたそれは初めて聞く種類のドラムで、今以上に遥かに未熟だった当時の自分にはただ無茶苦茶に盲滅法叩いているだけのようにしか聞こえず、長く、理解が耳に追いつくことはありませんでした。
しかし友達から「これがいいあれがいい」とオススメされたフリージャズを聴いたりしていくうち、わからないものはわからないなりに、段々と自分の中で受け止め方が定まっていきました。すなわち、これは、まとまりのない音の粒が少しずつ収束して「できあがっていく」魅力なのではないか?正確にカチカチとリズムを刻む事で、あらかじめ成立している楽曲の魅力を縁の下で最大限に下支えし、引き出す。それとはまた一味違った、個人が持つリズム、鼓動、衝動をストレートに伝えることのできる、ドラムの持つ独立した魅力。
例えば通常のドラム演奏が、一定の私性を消しながら次々と迫り来るハードルを超え成果を出してゆく「仕事」「社会の中の個」の強さに似た魅力とするならば、フリージャズドラムは、わけのわからない全くの個人がじっくりと深い付き合いの中で互いのルールを確認する、徐々にその姿がわかり友情を深めてゆくプライベートで捉えどころがない「社交」の魅力に似ていると言いましょうか……。「決まった仕事」がない分、たどり着くまでになかなか根気のいる魅力であると言えます。

マリア観音のライブ会場で配られるビラや、公式サイトで読める文章「アンダーグラウンド音楽教室」では、木幡さんによるリズムの解釈と、その独自な練習方法が掲載されています。




[口頭メトロノームによるレコーディング]

①先ず、ヴォイスパーカッション宜しく好き勝手に口頭でリズムを数分間レコーディングする。
この時決して数字で認識しない。
この段階で自分に刷り込まれているリズムの種類がわかってしまう。

②これに合わせ他のパートをオーバーダビングする。
寸分違わず合うまでやる。
自分の特徴(段々と早くなる、段々と遅くなる、前のり、後のり、特定の位置にアクセントが来る 等)を自分の肉体に刷り込んでゆく。



……本当に、ゆっくりとした、根気のいるトレーニング(これを木幡さんは「本能の制度化」と呼ぶ)。その果てが、掲載した動画でも見られるような圧倒的なドラミングです。
木幡さんは言います。



「巷の音楽教育ではタブーである、リズムが不安定、弱い、走る、もたる 等は、この制度化によって全て個性になり武器になる」
「自分の真のルーツを己の肉体の内に探求する」



既存の制度からはずれた「本能の制度化」による鍛錬、とてつもない孤独の果てにある営みを、今回はソロによる長尺でお見せしていただけます。

最後に、今回の企画や、参加するバンドのことを表現しているかのような「アンダーグラウンド音楽教室」の一節を引いてこの記事を終えます。

「(引用者注:メトロノームを使用しないリズムの刷り込みには)10倍の時間がかかる。しかし、本来、一致、融合とはそうしたものである。夫婦、親子、チーム、共同作業、動物飼育等、また然り…。メトロノーム(社会通念)によって短時間に一致させた関係は、交換が効くが間もなく内的な質に於いて破綻する。直ぐに上限が来るからである。(1つの解答を覚えたら終わり…。)真の融合は、野生同志の間でしか成立し得ない。」

真の融合が成される一夜か否か。その目で目撃して欲しいと思います。
(撮影:池田敬太)


(及川耕碩・てろてろ)

2019年10月10日木曜日

10.26 扁桃核の夜 出演者紹介「第二口腔外科」


第二口腔外科、多くの人に惜しまれながら活動休止したとあるバンドの変名バンドである。

企画した側としては非常に素晴らしいバンドなので大々的に告知してしまいたいというのが正直な本音なのだが、出演快く快諾してくれた喜びの方が大きく、
決定した瞬間「(この企画)勝ったな。」と心の中でガッツポーズした。

今回の企画は「プログレ」の要素をどこか感じさせるロックなりパンクバンドが多く、そのレジェンドの一つ、痛郎にも出演頂けることとなり、企画として出す「特色」はこれ以上ないものとなったと思っている。
この出演陣に対して更に出すべきバンドとは?と考えれば、勘のちょっと良い人にはその正体はバレバレかもしれない...

(まあ、大々的に名前を出すことで初めて出てくるインパクトというものがあるため、そこを打ち出し、彼らを欲する人に伝えきれなかったのは少し残念である。)

変名になったからと言って、このバンドのライブの魅力が損なわれることは当然ない。
どこがどう圧倒的かということを、言いたい気分を抑えるのがやっとな位、ズバ抜けてヤバいバンドである。間違いなく本企画の目玉の一つだと思っている。

正体がわかった人にはもちろん来て欲しいし、わからない人や、なんか訳わからないと思ってしまった人も、騙されたと思って来て欲しい。この正体のわからないバンドを目当てに。

答えが正解しようがしまいが、その演奏と曲を目の当たりにして決して後悔することはないだろう。

是非楽しみにしていて下さい。

(関口マーフィー・うしろ前さかさ族)

2019年10月7日月曜日

10.26 扁桃核の夜 出演者紹介「痛郎」


ものすごい変拍子で人を驚かすようなリフなのにリフAとリフBの繋がりに唐突さはなく、それはあくまでその叙情的な歌や詩を聴かせるための楽曲で、にも関わらず安定したバッキングギターとバキバキにリードするベース、テクニカルなのに不必要な場所では音数を抑え空間を演出するかのようにサウンドを下支えするドラムは完全なバンドサウンドそのもので、そんなとんでもないバンドを見たのは当時絶版だったナゴムのビデオでした。
奇妙なのに切なく人の心を突き刺す曲を演奏するそのバンドは「痛郎」という、見ようによっては少しユーモアのある(町田町蔵、現・町田康から「打ち上げに、朝まで『いたろう」?」という理由で名付けられたと知り、得心した)奇妙な、けれどほんのりと血が滲むような名前だった。

この項を書くため久しぶりに、2000年(平成12年)に太田出版から出た、平田順子さん著「ナゴムの話」を書棚から引っ張り出しました。
ナゴムというのはインディーズレーベル「ナゴムレコード」のことで、インディーズブーム華やかなりし昭和末期の1980年代半ば、旺盛な活動をしていました(19891990頃に閉社。以降、断続的に復活)。

「ナゴムの話」は、当時ナゴムに関わっていた人たちへのインタビュー集です。その中には、痛郎のベース・ボーカル井手さんの発言もあります。

「もしかしたら、僕たちの時代で、インディーズのバンドがメジャーデビューするというのもあるんだっていうのを、作っちゃったのかもしれない。その前はもっと瞬間的というか。活動の場がライブだけに限られてたから」

当時は音源を作って発表すること、それ自体が驚異だったとも井手さんは述べています。
1期痛郎が休止して30年、この本が出てからも20年近く経ち、インターネットも発達して、誰でも発表でき表現が溢れ、それどころか形にして残すことも当時よりは容易になりました。それなのに、むしろ瞬間的で消えていく失われていくものは、見えやすいからこそ、増えている気がします。

「遠く聞こえる、アナタの声を、何度も思い出してる」(BLUE THINKING

痛郎の歌が叙情的なのは、「失われるもの」を思い出させる歌を歌うバンドだからだと思うのです。

時代は変わるし、まさかまた痛郎が復活するとは思わなかったし、当然ただの1ファンに過ぎなかった自分が対バンすることなど夢にも思わなかった。嫌なこともいいことも、人生には何が起こるのかはわからない。
しぶとく、諦めずに生きていればこんな夜があるんだなと、1026日がそんな風に良い意味で「何が起こるかわからない」と思ってもらえる日になればいいと思う。
痛郎を見て、そう思ってもらいたいと思う。

(及川耕碩・てろてろ

2019年10月4日金曜日

10.26 扁桃核の夜 出演者紹介「地底湖」


地底湖。都内を中心に活動する三人組ロックバンド。

地の底の湖と書いて地底湖と毎度のMCBa &Voのしおんは説明しているが、このバンド名の由来は、2008(平成20年)に多くの不可解な謎を残して未解決となった岡山地底湖行方不明事件にあるという。この事件は一時期ネット上でも真相を憶測する書き込みで賑わい、話題になっていたのを覚えている。

あってはならない事象が意図的に隠された形跡が次々に出てくる。
その真相を知ることは出来ぬものの、その裏に明らかに感じる、意図的なドス黒い悪意の存在になんとも言えぬ不安を覚えたものだ。

勝手な感想ではあるが、このバンドが体現しているものも正にこの部分ではないかと感じている。(バンド名にする位であるから、当然と言えば当然だが)

「よし子落雷」


例えば本曲ではその因果は一切説明されることなく、「少女の頭  避雷針にな」り、「よし子戻れな」くなってしまう。
死んだのか、どうなったかはわからないが、どうやらあまり好ましい状態にはなっていないようだ。

上記の地底湖事件の如く、その真相が語られることはない。

しかし、曲の冒頭で意味深に並べたてられる単語(電車窓、ディストーション等)群はこの結末に至ってしまう理由となる「何か」が存在したかのような不穏な気配を聴き手に感じさせる。

そして、トランシー、サイケを横断しながらも最終的には、「因習的ドロドロ日本語恨歌ロック」の正道を踏み外さない点も、ここで語られているものが、「決して安心と安全からかけ離れた何かヤバいもの」ということだけは明確に伝えてくれるのだ。

2020年という節目、誰もが潜在的に抱える、先行きの見えぬ悪意の出所のわからぬ不安。
それをその若い感性で以って見事に表現する彼らの演奏を是非観てみて欲しい。

(関口マーフィー•うしろ前さかさ族)

扁桃核の夜です

うしろ前さかさ族×てろてろ共催
異形音楽ミニフェス

『扁桃核の夜』


2019年10/26(土)


立川AAカンパニー


痛郎
木幡東介(マリア観音)
Ghostleg [Nii Mariko (HOMMヨ) and waniwave]
第二口腔外科
地底湖
てろてろ
うしろ前さかさ族


Open 16:30 / Start 17:00
Ticket ¥2,000(+1d)
フード販売あり
入退場自由